山田節子(以下山田):皆様、本日はご来場ありがとうございます。
今回の展覧会の企画をさせていただきました、山田節子でございます。
3日前にこの空間に展示させていただきながら、内田さんに、現代の、そしてこれからの祈りのかたちとして厨子・仏壇が如何にあるべきか。その最初の扉を開いていただき、その明快なデザイン・表現力の見事さに改めて、「流石!」と感謝の念に絶えぬ思いをいたしております。
『内田繁』という人がこれまで何事によらず、深く考えて来られました、デザインの役割、デザインへの想いの中から生まれてきた、この会場に勢揃いした「厨子」そして仏壇「白虹」誕生の道筋を、お集まりいただきました皆様方と共に「今・何故・この形」なのか。その由縁のお話を伺えればと願っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
幸いにも、私は内田さんとのご縁は長く、奥様であり、女性インテリアデザイナーの先駆けとして活躍されてきた三橋いく代さんとは、美大時代からの友人でありました。従いまして公私共々、半世紀余りに渡り、善きご縁がありました。
内田さんが国内外で活躍され、昼夜を問わず忙しく、アポイントも儘ならぬ中でのこと、何時もの如く、深夜に近い時間を選び、「厨子をデザインしてください!」と、唐突にお電話入れたのが、2001年のことでした。
その時、電話の向こうから、「そんなもの出来ないよ!」と瞬時に云われましたよね。
内田繁(以下内田):それは当然だよ。
山田:当然だそうです。(笑)
その頃、内田さんは斬新な家具を次々と発表され、1990年代にはミラノサローネなど国内は無論のこと世界を舞台に活躍される中、2001年に『家具の本』という本を出されまして……
この本の中にすでに、現代の祈りのかたちの幾つかが仕込まれていると私には思えまして、「その幾つかのデザインを厨子にしたい!」「それぞれに確かな清浄感が内包されていて、且つ、現代の人の心や願いを納めるのにふさわしく、しかも現代の生活空間や暮らしに見事に馴染む箱だと思うのです。」と申しますと、「こんなもので良いのか?」と云われました。
そのひとつが1999年オランダで発表された『マトリックス』。それから翌年ミラノで発表された『ホリゾンタル』。現代の生活空間に似合う、あの明快なキャビネットイメージを「現代の祈りの箱」にどうぞ仕立て直してくださいと、お願いいたしましたよね。
内田:マトリックスはオランダの『PASTOE(パストー)社』って企業のためにデザインしたものだね。
山田:それから、それ以前の 1992年・佐賀町エキジビットスペースで発表された『バーチカル・シリーズ』です。それぞれに、過去と現代、日本と世界、歴史に学び、近代化によって置き忘れ、失われたモノやコトを取り戻すことへの内田さんの深い想いがあって、デザインをされているものですね。
内田:今回のデザインを考えるにあたり、全体として言えることは、厨子にしろ、仏壇にしろ、形状に決まりはないんです。あるとするならば、江戸時代に檀家制度が始まったことで、それぞれの家で仏壇を持つことが一般化され、その時に、江戸時代の建築に合ったものが生まれた。
仏壇っていうのは基本的にはその時代の建築に同化したものだというふうに考えて良いと思うんですね。とういことは、現代の仏壇は今の暮らしや生活空間に合った大きさやデザインが必要であるといえるんです。
そして、厨子や仏壇は、必ずしも仏壇として使用しなくてもいいと思うんです。だからどんな形だっていいんです。その中に「大切なものを入れる」ということが前提になるわけですから。
山田さんの「箱でいいんだよ」というのは、その通りなんですね。
山田:先程からお話しに出ている厨子とは、古来より、経典や手紙など大切なものを納めていた箱のことですが、その代表的なものとして皆様良くご存じの『玉虫の厨子』があります。
それから、仏壇というのは、先ほど内田さんが仰いましたように、檀家制度のなかで家長制度、家というものに帰属してきたものだったのですが、第二次世界大戦後家長制度が廃止され、個人の自由が重んじられる時代となり、その分、家族の絆が薄れ、核家族・単身世帯が増え続けることになりました。戦後の経済効率優先社会による、制度や価値意識の変化の中で、家族の崩壊然り、人の心が失われ置き去りにされていく時代となってしまいました。そのような日々の中で、先祖や親を弔うことや、静かに手を合わせ、自分の心を取り戻し、日々の平穏・希望を願う「祈り」の時や場が、今こそ不可欠な時ではないかとの思い至ったわけです。
この難題を内田さんに、「現代の暮らしに適う祈りのかたち※」をと、お願いしたことでした。
※内田氏のデザイン厨子発表後、大切なモノやコトを納め、現代の生活空間に適った祈りのかたちをご覧いただけるアンテナショップとして2002年10月、東京銀座に『ギャラリー厨子屋』を開設。一人ひとりの価値観や、暮らし方に適う祈りのかたちとして、現代の暮らしに適う厨子シリーズを次々と提案していく先駆けとなりました。
内田:近年の一番大きな問題は、見えないものを消してしまったということでね。重要なものは見えるもの、上手に使える物とか機能だけを重視してきた。
しかし、「本当は見えないものが世の中にあるんだよ」ということが重要でね。誰の心の中にも見えないものがある。こういうことをおそらく箱というものを通して「見えないものってなんだろうか」と考えることが厨子を考えるひとつの鍵じゃないのかな、とは思いますけどね。
箱っていう問題に戻ってみると、箱っていうのはウツでなきゃいけない。ウツというのは空っぽっていう意味なんですね。『空』という字を書いて『ウツ』と読みます。
全て日本の文化は、こういう空間にしても空っぽじゃなきゃいけないっていう文化なんですね。空っぽっていう思想は西洋ではないんですよ。例えば、おじいちゃんが「結婚式も葬式も全部家で出来るなんて、こりゃいいや!」なんて言いますよね。これ、西洋文化からしたらむちゃくちゃですよ。結婚式や葬式は全然違うのに。その、ひとつの空間のなかでできるっていうのは、本質的に空間は空っぽだからっていうことなんですね。
山田:そうですね。空っぽであるからこそ、それぞれの家・家族・あるいは自身の想い・願いなどを、その人らしく納めることが出来る。そして、現代の暮らしの空間にも適った、自在で変化に適う『祈りの箱』でいいのですよね。
先ほどまでは、厨子のお話でしたが、こちらの仏壇「白虹(はっこう)」は、まさに輝ける空(ウツ)なる空間となっております。如何なる宗派宗門のモノでもコトでも、静かに確かに受け止め、包み込むように輝き、厳かさが感じられる、この『光』についてのお話を伺いたいのですが。
内田:『光』っていうのは難しいんですね。ある方向性が生まれてしまう、光というのは。その方向性を消すことがものすごく難しい。今回、なにを仏壇の象徴にしようかと思ったときに、僕は装飾とかそういうのはしません。
ただ、光だけでね、遠くの未来を感じられるようなものにしようかなって考えたわけです。見えない何かと関わりあうということが必要だろうと僕は思うんですね。そこで、象徴的な光を一個、真ん中に入れたと。その光と、人の心が繋がればいいな、と僕は考えました。
また、先程も話したように、「何を入れたっていいんだよ」ってこと。普通のもの、必要なものを入れたらいい。その人の心に近いものであったならば、何でもいいんじゃないかな。
山田:この白虹は、昨年の夏休み前に「今回はお仏壇をデザインして!」とお願いしまして。それから一週間後です。デザインが出来上がったのは。以前より頭の中に何かイメージあったのでしょうか?
内田:一週間……
山田:一週間!
内田:一週間じゃなく70年と一週間と言う具合に。(笑)
今回、金箔を使おうと。金はものすごくいい色。室町時代、金は色彩としか考えていませんからね。確かに高価なものに違いないんだけど、色彩のひとつですね。
アルテマイスターの工場には、金箔を貼る女性の職人軍団がいて、これが貼るのが上手なんです。
こちらの会津にある本店のリニューアルの時に、2階にある4本の柱に金箔貼りをお願いして。それが、きれいすぎるくらいに仕上げてくれて。それ以来、金を使っていこうと思っていたわけですね。70年掛かって到達したわけで……
山田:何とも軽率な申し上げ様で、返す言葉もございません。(笑)
この地球上で、人が健全に心安らかに暮らしていく為に、「デザインは如何にあるべきか」を70年に渡り思い続け、その中から内田流の家具や現代の茶席なども生まれ、そして今回の「白虹」が生まれてきたのですね。
この度、新しい祈りのかたちが生まれましたことで、より良い未来への道筋の一助となり、一人でも多くの方々が、心穏やかに救われる今、そして未来となりますことを願わずにはおられません。
物質的には豊かな社会にはなりましたが、現実は日に日に厳しき事多き時代の中で、「内田繁の祈りのかたち」を拝見しながら、良く生きるために「如何に生きるか」の示唆を頂けたこと、そして、祈りのかたちの未来への扉を開いていただけましたことに、ひたすら感謝いたすばかりでございます。
本日は誠にありがとうございました。